今年5月のインド総選挙で大勝し就任したインド新首相が、8月半ばにも東京を訪れます。日本との原子力協定の締結交渉をまとめる可能性があります。
この協定の締結交渉は日本国内の原子力産業からの強い圧力があるにも関わらず、またインドへの原発輸出計画実現が遅れている米国やフランスからの圧力があるにも関わらず、いまだに未決着です。海外からの圧力の背景には、米国の2大原子力企業――GEとウエスティンハウス――がそれぞれ日立と東芝を大株主としていることや、仏アレバ社がインドで進めている欧州加圧水型炉(EPR)の建設計画で、炉の中核部分に日本企業だけが生産する部品が使われる予定であることなどがあります。
福島第一原発の事故が起きる前から、日本の平和団体や被爆者団体はこの協定が「悪い前例」になるとして締結に反対してきました。その理由は▽インドが核不拡散条約(NPT)にも包括的核実験禁止条約(CTBT)にも参加しておらず、核実験を実施していること▽インドにさらなる核技術を提供することで、さらに多くの国々に「核武装して他国と交渉し、より有利な国際的立場を得ること」への誘惑を感じさせること――などです。インドは米国、英国、カナダなどから平和利用目的で提供された核物質とノウハウを使って1974年に核実験を実施して以来、国際的な核市場から除外されてきました。しかしインドは1998年に再び核実験を実施した後、原子力供給国グループ(NSG)にルールの変更を迫り、米国の後押しも得て2008年にルール適用の免除を受けることに成功しました。その見返りとしてインドは、米国、フランス、カナダ、ロシアなどから巨額の核技術を輸入することを約束しました。
国際核ロビーと交わしたこの約束とその実行に向けた圧力の下で、インド政府は新しい核施設計画を遂行する上で障害となるあらゆる物を、まるでブルドーザーのように強引に押し切ろうとしています――安全基準の希薄化と無意味化、人々に銃口を向けつつ環境影響評価上の許可を押し通し、核関連事業の透明性を損なうこと、事業の採算性に関するアドバイスを無視すること、草の根の民主的な原発反対運動を力で押しつぶすこと、核施設の提供メーカーを事故時の賠償責任から解放する努力――。インドの複数の地域で、既存のプラントや新規原発計画に反対する大規模で草の根的な抗議運動が続いています。しかし政府は罪のない農民、漁民、女性、子供が挙げるこうした声に対し、暴力で応えています。最近明らかになった中央情報当局の報告書が反原発運動の参加者を「国家安全保障上の脅威」と位置付けていることからも、今後さらに多くの人々が弾圧の犠牲になることが予想されます。
フクシマでの事故以来、原子力発電からの撤退が世界的な趨勢ですが、原発開発にまい進するインドはその例外的存在と言えます。日本がインドと核技術協定を結ぶことは、インドの原子力エネルギー利用の拡大を、決定的かつ極めて重大なかたちで後押しすることを意味します。また、この協定の締結はインド核武装の正当性にお墨付きを与え、南アジアの核兵器開発競争をさらに激化させることでもあります。輸入核燃料で原発開発を進められれば、インドは国内で産出する核物質をすべて核兵器開発に振り向けることができるからです。
インドと日本の意識ある市民たちは、この核協定に反対してきました。今年初めに安倍晋三首相がインドを訪問した時には、国内で何千人もがポスターを掲げる抗議集会に参加しました。市民団体の著名な代表たちが安倍首相とその妻に、核協定の再考を求める手紙を送りました。インドでの抗議に連帯する集会は、東京や大阪でも開かれました。
フクシマ後のいま、日印両国にとって、原子力ではなく再生可能エネルギーの開発でこそ、協力していくのが賢明な選択肢です。エネルギー消費モデルを再考し、新たなモデルを生み出すことが求められます。日本は今、フクシマの教訓を学び、この新しい「エネルギー革命」を実現する歴史的好機を迎えています。一方インドは経済発展の入り口に立ち、12億人の生活に大きな影響を与える選択をしようとしています。その選択をする上で、フクシマの教訓と、日本とのあるべき協力関係とを適切に利用することができる立場にあります。
企業社会主導で、核兵器開発への危険性をはらむ日印核協定に「ノー」の声を響き渡らせ、市民主導で人間中心の日印関係に「イエス」の意思を示すことが、人類の未来にとって重要であることを確信しています。